「祖国よわたしを疑うな」―曹石堂

今日は実家のおもしろい話をしようかと思います。


父が卒業した大学から正月に手紙が届きました。
それは大学経由で着た中国からの手紙でした。

宛先が、なんと大昔の父の大学時代の下宿の住所が書いてあり、そこに父がいなければ大学へ届くように書いてありました。

大学側は親切に父の名簿を調べてくれて
現在の父の元に手紙はようやく届きました。

しかし残念ながら手紙の送り主を父は覚えてなかったのです。
なんだろうと不思議に思いながら父は封筒を開けたそうです。

送り主は「曹石堂」さんという方で学部が一緒で同級だったそうです。
その方の手紙では

大学を途中で祖国に帰って祖国中国のために役にたちたい!という願いをこめて
帰国をしたそうなんです。

その時に父が書いた手紙が今でも大事に閉まってある!とのことで

その手紙もコピーして一緒に入ってあったので

やっとここで  「これは自分が書いたのだ!」 と父は確認したのです。

        【中東の為 日本の為 極東の為に
            立教精神を発起されん事を
                 将来の君に期待する】



曹さんは中国の方で孤児になり
その時の太平洋戦争で日本の兵隊に勉強するために日本へ連れてきてもらいました。
そして大学で日本語と経済の勉強をしていたのです。
その時の日本名が「兵隊太郎」さんです。
新聞でも取り上げられて話題になってたそうです。


しかし実際曹さんは中国に帰ってから日本に通じてるということで犯罪者にされ
それからの苦労は耐えがたいものでした。

この父の励ましの手紙が曹さんの心の糧になってたそうです。

今になってやっと縛られてるものから開放されて
こうした懐かしい話ができるようになったのではないでしょうか。

曹さんが書いた本がこれです↓

【祖国よわたしを疑うな―政治犯から大学教授となった「兵隊太郎」の戦後 】

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私は映画「ラストエンペラー」を見てから中国の虜になり
中国の話が大好きなのです。

その話の時もちょうど「満州逃避行  ある開拓団員の記録」(吉尾卯四郎)という本を読んだばかりで
中国と日本の関係が何故こんなになってしまったのか、といつも疑問に思って
興味ある本はなんでも読むようにしていたので

飛びつくように曹さんの本を読みました。

文化大革命が起きてる時は私は幸せに平然と生きていたのです。
隣の国で何が起きてるかわからなかったのです。
もちろん小さい頃なので知らないのは当たり前なのですが。
パンダが上野動物園に来たのが小学校終わるころですからね。
丁度東京に住んでいたので喜んで見に行きました!

学生の時は世界がこんな風にいがみあってるなんて夢にも思わない暮らしをしてきました。




仏教も文化も中国からやってきました。
こんなに近いのに何故ゆがみあっているのでしょうか。
そして何故仲良くできないのでしょうか。

曹さんも日本を愛してくれました。
心から日本人を好きになってくれました。
私は曹さんが言うように暖かい心で両者を見ていきたいと思っています。

それにしてもこの父の手紙をどうやって持っていたのかが謎です。
日本の物は全部焼かれたはずなのです。



あ~人生っておもしろいものですね。
生きているとこんな素敵なこともやってくるんです。

曹さん、ありがとう!家の家族に暖かい心を運んでくれて!
そして日本を思う暖かい心をありがとう^^



                妙恵。



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