15日の妙全の話。
おはようございます。
今、お唱えした「いろは」ですが、今みなさん歌いましたね。
これは弘法大師が作ったんです。
私が説明するまでもなくお唱えしてると思いますが
結局この唄にも仏の深い教えが入っていますが、ただひらがなを並べたとは思ってません。
いろは匂えど散りぬるを
色鮮やかな匂う花もやがて散ってしまうという意味です。
それは若さも権力も地位もいえることです。
仕事やめるとただの人ですよね。
我が世誰ぞ常ならむ
この世の中に誰一人としていうまでもなくこのままの状態でいられる人はいないということです。
あらゆる生き物も時代も風習も考え方もすべて無常の風に押し流されて次々と変化してゆくのです。
形あるものはなくなるという教えですね。
有為の奥山今日越えて
有為はこの世です。人間の人生です。
無為はあの世ですね。
人に言えない苦労とか苦がない人はこの世にいません。
高野山に行きますと娑婆に行ってきたけど、とよく娑婆という言葉を使います。
高野山の上は極楽浄土だということでしょうか。
辛抱するとよくなります。
私も辛抱してきました。
戦争を経験してますからね、何でもできます。
有為の奥山今日越えて
人生をまっすぐいけという意味らしいです。
なかなかそのようにいかず挫折してしまいますが。
いろはは七五調で読まれています。
無常は消極的に使われていますが
意味が積極的であるということです。
朝の来ない夜はないわけですから、この世は刻々と過ぎていきますが非情感ですね。
いろははひらがな47字使っています。
弘法大師が作だからうちは宗歌をお唱えしています。
罪の無い人はいないと思っています。
生きてるものもいただくし、花もたてるし、蚊もパンとやってしまいますよね。
この人生を暮らすには生きてるうちに改めたら終わった時に安楽浄土するんじゃないじゃないですか。
なんらかんか罪を犯していると思います。
今日という日を大事にして悔いのない人生を送った方がいいです。
まとまらない話ですが、まだ80になってませんが、物忘れを感じるようになりました。
高野山に行った間はいろいろと勉強してきました。
年数がたってかなり忘れました。
それでもみなさんいろはの意味を覚えていた方がいいと思います。
妙全
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昔の人たちはなんだか優雅に聞こえます。
和歌でひらがなを覚えるという「いろは」ですよね。
わたしたちは「あいうえお」ですから
それは言語としての順番ですが
その昔の和歌や短歌は私には到底わからない世界ですが
この「いろは」くらいはなんとか覚えているひとつに入るでしょうか。
般若心経でも語ってますが
この「無」という
あることはない!ないものはある!という観点。
苦労しても優雅でも最後には必ず人間はあの世に帰ってしまうということを
常にあたまに入れておかないと
その時になってあわてても、とよく思う今日この頃です。
15日ご縁日に、大震災の追悼供養、復興祈願
そして毎月の法要の後の妙全の話でした。
おつかれさまでした。
妙恵。
色は匂へど 散りぬるを
我が世誰そ 常ならむ
有為の奥山 今日越えて
浅き夢見じ 酔ひもせず
いろはにほへと ちりぬるを
わかよたれそ つねならむ
うゐのおくやま けふこえて
あさきゆめみし ゑひもせすん

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