「三日月の丸くなるまで南部領」

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「みちのく南部八百年 天の巻」読みました。

すごーく読みやすかったな~という本でした。


青森県の下北半島から、上北、三戸、岩手県北一帯、盛岡、水沢、遠野、久慈のあたりまで広大だったのです。

空の三日月が満月になるまで、何日間も歩き続けても、まだ南部領だったという句です。




前に「地の巻」を先に読みました。三戸から盛岡に移ったところからの話でした。
今回はその前の時代の話です。

信州から南部氏が岩手に領土を貰い移ってきたという800年前の話からです。

実にうまく分かりやすく書いているのではないか!と感動してますが
頭に入るのには10回くらい読み直さなければならないかと思ってます。
名前が、、似たような名前ですから
自分で書き出さないと理解できないだろうと思います。

返さないといけませんからつらつら読んだところが大半だったんです。

興味がある話だったので本当に読んでよかった!と思ってますよ。





しかし、しかし、、私にとって大ショックなことが最初に起こります。
南部氏が平泉に逃げている源義経を打つことから始まるのです。
その褒美にこの広大な地をいただいてます。


私の憧れの君「源義経」ですよ!



小学生の時、一番好きな歴史上の人物は「源義経」でした。
誰でも一度は憧れませんか?
若くてたぶん今でいうイケメンだと思われる義経。
兄頼朝の為に尽くし、そしてその頼朝に倒されることになります。

義経は平泉で自害し焼失したとされてます。
その首は焼けているので都に持って行ったときにはそれが本当の義経なのか
酒に漬けて1ヶ月半もたっていたそうなので
腐敗もしていたでしょう、偽の首かと言われ
それから義経伝説が始まるのです。
北に逃げたとか、北海道まで渡ったとか、伝説は面白いです。

話が反れてますが
その平泉をおさえて、南部氏は青森の南部町にやってきます。
南部藩の始まりです。



どう考えても義経を打った南部氏は私にとって敵ですw
その南部氏はこの南部藩を作りました。

その土台になっている南部藩、盛岡に私は住んでいます。
言っていることがおかしいですか?
疑問に思ってることが不思議ですか?

面白がっているのです。
そういう風に考えるとますます興味がわく私です。




盛岡に移って来た時は豊臣秀吉に謁見しに行っています。
前田利家の計らいだそうです。
400年前ということですね。
秀吉は忠誠を誓っている南部信直をうまく使ったようです。
岩手周辺の土地をこの信直がいれば反乱が起きないだろうという目論見でしょう。
それが当たりだったんでしょうね。

明治までずっと続くことになるこの南部藩。
その時代から真面目だったんでしょうね。
素朴で真面目がウリですよねこの岩手周辺の南部藩は。



語り始めるとやめられません、この歴史話。
そして私の話は収集がつかないのでこんなところでやめますw


私の憧れの君はその時代もうひとりいました。

「オスカル」です。
いわずもがな女性です!
すごーく憧れました。
そのおかげでフランスが大好きになりました。


まったく関係ありませんねw



そして
今の歴史人物での憧れは?と聞かれても「うーん」と考えてしまうくらいです。
勉強していくうちにたくさん出てきてわからなくなりました。
もっと勉強しなければいけませんね!








旅行記録はまたのちほど。



      妙恵。


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