一休さん。
一休さんは
一休宗純(いっきゅう そうじゅん)といって室町時代の臨済宗の僧侶です。
私が昔に読んだ一休さんのお話では
軒下から竹が伸びてきたならその軒を竹が出てくるように穴を開けて
どんどん伸びていって天井を突き抜けそうになったら屋根もその部分を開けたという
心おおらかな人物のように書いてあったような覚えがあります。
もちろん頓智咄(とんちばなし)も書いてありました。
お殿様に虎の絵が書いてある屏風を見せられて、暴れるので退治してほしいと言われると
一休さんは捕まえるのでそこから出して欲しいと言ってお殿様を感服させました。
「このはし渡るべからず」という立て札がたってある橋を堂々と真ん中を歩いたとか
おもしろい話が満載でした。
アニメにもなりましたが、あれは子供向けに楽しく賢い一休さんですね。
このお殿様は足利義満だったというのを私は後から知ります。
このころの有名どころな人物が並びますね。
実際の一休宗純はどんな人物だったのでしょうか。
禅僧でありながら形式や権威を嫌って公然と肉食女犯(にくじきにょぼん)を行い
自由奔放に暮らしながらも人々に親しまれて亡くなりました。
本願寺の蓮如上人の留守に家に上がりこみ、蓮如の阿弥陀如来像を枕に昼寝をしたそうで、
その時に帰宅した蓮如上人は『俺の商売道具に何をする』と言う発言を残しています。
臨終に際し、「死にとうない」と述べたというのですから
その当時の僧侶としてはあるまじき発言だったのでしょうね。
私たちももちろん死にたいしては違う世界に逝くことですから
死にとうないという言葉が必ず出てくると思います。
私も死んだことがないので(笑)なんとも言えませんが
口寄せを聞く限りでは、まったく生きたときと同じ心を持って
生きてるように感じ、話しているんだそうで
不思議なのは、どこにでも好きに歩けるんだそうです。
死んでしまえば楽しんで遊んでばかりいられずに
成仏するために歩かなくてはいけませんね。
はたして、その道をすぐに知ることができるでしょうか。
私自信もまだ不安だな!と思っているのは悟りを開いてないからだと自分でも日々反省ですね。
「悟る」って何でしょうね。
一生かけて最大なる私自信の課題です!
庭の花たちです。
毎日の癒しですね。
我が家のしだれかつらはこれです。
青々としてるのはいいんですが虫がつきやすく、今年はどうなるんでしょうか。
妙恵。
一休宗純(いっきゅう そうじゅん)といって室町時代の臨済宗の僧侶です。
私が昔に読んだ一休さんのお話では
軒下から竹が伸びてきたならその軒を竹が出てくるように穴を開けて
どんどん伸びていって天井を突き抜けそうになったら屋根もその部分を開けたという
心おおらかな人物のように書いてあったような覚えがあります。
もちろん頓智咄(とんちばなし)も書いてありました。
お殿様に虎の絵が書いてある屏風を見せられて、暴れるので退治してほしいと言われると
一休さんは捕まえるのでそこから出して欲しいと言ってお殿様を感服させました。
「このはし渡るべからず」という立て札がたってある橋を堂々と真ん中を歩いたとか
おもしろい話が満載でした。
アニメにもなりましたが、あれは子供向けに楽しく賢い一休さんですね。
このお殿様は足利義満だったというのを私は後から知ります。
このころの有名どころな人物が並びますね。
実際の一休宗純はどんな人物だったのでしょうか。
禅僧でありながら形式や権威を嫌って公然と肉食女犯(にくじきにょぼん)を行い
自由奔放に暮らしながらも人々に親しまれて亡くなりました。
本願寺の蓮如上人の留守に家に上がりこみ、蓮如の阿弥陀如来像を枕に昼寝をしたそうで、
その時に帰宅した蓮如上人は『俺の商売道具に何をする』と言う発言を残しています。
臨終に際し、「死にとうない」と述べたというのですから
その当時の僧侶としてはあるまじき発言だったのでしょうね。
私たちももちろん死にたいしては違う世界に逝くことですから
死にとうないという言葉が必ず出てくると思います。
私も死んだことがないので(笑)なんとも言えませんが
口寄せを聞く限りでは、まったく生きたときと同じ心を持って
生きてるように感じ、話しているんだそうで
不思議なのは、どこにでも好きに歩けるんだそうです。
死んでしまえば楽しんで遊んでばかりいられずに
成仏するために歩かなくてはいけませんね。
はたして、その道をすぐに知ることができるでしょうか。
私自信もまだ不安だな!と思っているのは悟りを開いてないからだと自分でも日々反省ですね。
「悟る」って何でしょうね。
一生かけて最大なる私自信の課題です!
庭の花たちです。
毎日の癒しですね。
我が家のしだれかつらはこれです。

青々としてるのはいいんですが虫がつきやすく、今年はどうなるんでしょうか。
妙恵。




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