志賀理和気神社(赤石神社)

志賀理和氣神社   岩手県紫波郡紫波町桜町字本町川原1



紫波町桜町に志賀理和気(しがりわけ)神社があります。
この辺では「赤石神社」と言います。

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とても広い敷地です。
サッカーも野球もできるようなところです。

鳥居から見た神社です。
ものすごく古いということがわかるでしょうか。
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延暦二十三年(804)坂上田村麻呂が東北開拓の守護神である香取、鹿島の二神を当地の鎮守として勧請合祀したと
志賀理和気神社のサイトに書いてありました。
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由来の赤石がありました。
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えんじみたいな色でしたが確かに赤い石がありました。
赤石がわかるでしょうか。



天正(1573-1591)の昔、郡下六十六郷の領主斯波孫三郎詮直公が北上川で遊覧の折 川底に赤石の大石を見て紫色の水波に漂ようその美しさに感有って一首を詠じたという。

けふよりは  紫波と名づけん この川の 石にうつ波 紫に似て

↑これもサイトからいただいてきました。
この赤石から神社も赤石神社と言うようになりました。

「しわ」という漢字も、子波、斯波、斯和、志和から紫波という字になっています。
今でも志和という字は使われていますね。

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この坂上田村麻呂はやはりあちこちに名前を残していますね。
伝説がたくさんあります。

うちに来る方の中で
坂上田村麻呂が蝦夷征伐に来た時に
休みどとこになってる母の実家に寄って
八幡さまの像を置いていったと母が言ってたが本当だろうか?という人がいました。

なにせ坂上田村麻呂は758-818年の人ですから
事実かどうかはわかりかねますが
どうかその伝説を信じて次の世代に伝えた方がいい!と私は言いました。

信じることは大事なことです。
どうか大事にその仏像を守っていってください。


   合掌。


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