テーマ:妙全

供養の話パート2。

昔の相談の話です。 猫の霊の話は前にも書いたと思うんですが これはまだ書いてなかったように思います。 書いたのを忘れていて重複していたらごめんなさい。 ある人が夜になると痒くてかゆくて寝られないということでした。 一日じゅう起きているといいます。 もう耐えられなくてどうしようと相談にきたそうです。 猫が憑いてい…
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2月のご縁日の話。

おはようございます。 前にもお話したことがありますけど 笑うということはいいことなんですけど 笑うということはなんでもない時に笑うとけなされるけれども 医学的にもひとつには思いやりの信頼関係ができて 笑うと人がよってくる。 気分が解放されて争いがない感じになる。 精神にも余裕ができて解放されることができる。…
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ご縁日の話。

今、済度式をしました。 (毎年)1月15日にしますけど (霊に)じゃまされて入らない人がいますけども なんとかみなさん入りました。 昔は専門の人がいまして「すすきさん」といいまして たいがいの人はやったんじゃないですか。 私も子供のころ朝からお精進して清潔な着物を着て受けましたけど みなもそうでした…
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ご縁日の話。

おはようございます。 この前もバスで順礼いたしましたが何のためかと申しますと ただ参拝しているのではありません。 いろいろ西国、秩父、坂東、3つあわせて100観音ありますね。 この間めぐったのは聖観音と十一面観音ですけど 聖観音は「せいかんのん」と教わりましたけどね。 聖観音はあの世の方で六道で支配を…
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ご縁日の妙全の話。

つい最近うちの嫁が受戒を受けてきました。 私の時に教わった時は 親に借金がないとか、犯罪者がないとか調べてから受戒を受けさせてもらいました。 今は? (妙恵:そういうのはありません) そうですか。その時代はありました。 すごく調べられましたね。 みなさん今勤行しましたが 懺悔で…
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妙全。

昼ご飯を食べながら こんな話をしていました。 昔、県南の方に出張相談に行った時(現在は相談での出張はありません) 夜に床の間に必ず人が座っている! 家族みんなが見た霊は同じおばあさんだったといいます。 見たことがないおばあさん。 家は広いのに必ずその床の間を通らないと行けないトイレで 家族中恐がって…
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妙全。

昔、30年も前の話しらしいですが 妙全が雫石の方に出張に行った時の話しだそうです。 冬のまっただ中 あたり一面真っ白で、道もどこかわからない道路を お客さんが妙全を乗せて走っていたら その時まで降っていた雪が止み さぁーっとひいた後だったと言います。 目の前に誰かが立って 危ないから停めて!と…
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妙全物語。

昔の話しをしていて 川徳が今の中三にあったころ その隣にエンドーチェーンがあって そこで妙全とピンキーとキラーズを見た、と夫が言いだしました。 多分何かを買って整理券貰ったんじゃないかと言うんです。 ピンキーとキラーズ流行ったのは覚えていますが 妙全も見たんですね。 確かにエンドーチェーンには、小さ…
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『精霊流し』グレープ。

10月6日はお義姉さんの命日です。 24年前に別の世界に逝ってしまいました。 まだ29歳でした。享年30歳、早すぎますよね。 もう長い年月がたっていますから なんだか昔の友人と随分会ってないなぁ~と思うくらいな気分です。 しかしもう義姉はいません。 24年前の10月8日、因縁除け…
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妙全物語。

最近妙全の弟さんが来ていた時に 自分の父親は自分が生まれてすぐに戦死したということで顔を見たことがないけれども ニューギニアに渡ってウエアクという港に着いて そこで艦砲射撃があった時に父親はオランダ農家の方に逃げたという話を 帰ってきた父親の友人に聞いたと言っていました。 妙全から聞いた話ではニューギニアに着く…
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難しいです。

妙全の話しをしたいと思って あれこれ話しを聞くのですが 写真の資料とあわなくて パーツの話しは沢山聞いていますが どこで合わさるのか 本人も昔のことで夢中で歩いてきた道ですから なんとも難しいです。 困難な道ほど 俄然頑張る私ですから 期待しないでのんびりと待っていてください。 …
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妙全物語 第十二話 高崎観音と高野山

ハワイのおばあさんは寝込みながらも拝んでいました。 寝ながら霊感を使って拝み続けていました。 口寄せは疲れるからやめたと言って後半はやっていないといいます。 寝ていても高崎観音さまにはどうしても行きたいと無理を言って 弟子にバスを借りさせて寝て行ったそうです。 その時は妙全は先に高崎に行ってお手伝いをするようになってい…
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妙全物語 第十一話 弟子

妙全を書くときにどうしてもはずせないのが 弟子の松岡さんという女の人です。 弟子はたくさんいましたが この松岡さんだけは特別です。 今年の4月に亡くなりました。 大正3年生まれで寅年です。享年95歳。 最初はハワイのおばあさんのところに拝みに行ってた人で そこで妙全と知り合ったと言います。 妙全が…
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妙全物語 第十話 高野山に行くまで

妙全が拝むようになって拝みにくる人がだんだん増えていきました。 ハワイのおばあさんから独立のような形になって 高崎や善光寺の旅行もたくさんの人と行くようになりました。 昭和43年(1968年)5月16日、十勝沖地震の時には中川町で4階の建物に住んでいました。 食器棚から食器が落ちて全部壊れたくらい凄かったそうです。 強…
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妙全物語 第九話 仕事として

結婚してから妙全は、ハワイのおばあさんのところで 拝みに通っていました。 問題は飲み過ぎる夫をなんとかしたいという事からでした。 毎月のご縁日がやはり15日にありました。 時間がない妙全は家で天ぷらを揚げたり、煮物を作っていったりして手伝っていました。 ハワイのおばあさんには、相談者がたくさん来ていました。 そし…
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妙全物語 第八話 仕事になるまで

霊感が当たると言われるようになってからは どんどん人が尋ねてくるようになりました。 それでも妙全は、自分で本当のことを言ってるのか それとも悪霊が言わせているのかと 困っていました。 その霊感でいいからみてほしい!!と毎日のように困った人たちが来ていたそうです。 それで「うそかもしれないですよ」と必ず言っていました。 …
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妙全物語 第七話 霊感の仕事始める時

昭和32年に女の子を出産した妙全は呉服屋さんに勤めだしました。 始めは店員さんだったのを 子供をおぶってまかないをやったといいます。 その後、子供を保育園に預けて保険の仕事を始めました。 過労が続いてろくに食べるものがなかったせいで 子供を含めて3人で肋膜炎になって3人で入院したといいます。 お金がなくて入院費が払えず …
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妙全物語 第六話 結婚から霊感まで

前の「結婚まで」が少し間違っていたようなので訂正しておきます。 ラーメン屋さんに働いたのは結婚してからだと最近知りました。 なので前のところも訂正してあります。 結婚してからは子育てに家事と精一杯でした。 そのまま家族がいるところに妙全の夫が住み込んだので 家族が増えて大変だったといいます。 「五十番…
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妙全物語 第五話 結婚まで

中学校を出てから妙全は、戦争で亡くなった父の代わりに働かないといけなくなりました。 下に3人の兄弟を抱え生活は厳しいものでした。 お菓子屋さんに就職して 基本を習ってきたようです。 その仕事は毎日アンコ練りばかりで、他のことはやらせずに 腕は痛くなるし、そのアンコが顔にはねて痛くて大変だったと言います。 梅津…
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妙全物語 第四話 少女時代

戦争中に妙全は母親と一緒にハワイのおばあさんに聞きにいってます。 戦争で戦地に行った夫はいつ帰ってくるのかと。 ハワイのおばあさんは答えなかったそうです。 何も言わずに次の人!と言われたそうです。 それがどういうことかわからずに親子は家に帰ってきました。 昭和19年にニューギニアに行く船が沈没させられて父は亡くなり…
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妙全物語 第三話 戦争時代

太平洋戦争が昭和16年12月に始まり その時妙全7歳。 当時幼稚園入るのはめずらしい話ですが その幼稚園を終わって仙北小学校に入学していたころはボンボンがついたからし色のワンピースを着ていたりして おしゃれさんでした。 黒の革靴にワンピース姿の写真があるといいます。 そのボンボンはみんなが引っ張って取るので最後にはなかっ…
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妙全物語 第二話 ハワイ帰りのおばあさん、座ればピタリとあたる!

新聞にこの見出しが昭和18年秋に出たそうです。 もちろん両親とも日本人ですが 物がない時代にハワイへ渡り、15年を経て日本に帰ってきたのです。 40日間かかって日本からハワイまで船で渡ったそうです。 4歳から19歳までハワイにさとうきび畑の開拓者として住んで帰国しました。 帰って来た時にはワンピースにハイヒールという素…
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妙全物語 第一話 幼少期

わかる範囲で書いていこうと思います。 後で書き足す可能性もありますが、とりあえず書いてみます。 石田妙全は 昭和9年5月に新山小路で産まれました。 今の大通り、クリーニングのインベという店があるところらしいです。 体重が1貫目(いっかんめ)約4キロだったそうです。 お母さんという人は小柄な人で …
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「妙全史 まえがき」と栄澤稲荷神社。

私がここの家に来て そしてこの人生相談の仕事をしているのが不思議と言われてます。 どうして高野山に行ったの? いやだと思わなかったの? できないと思わなかったの? やらないって言わなかったの? と質問はさまざまです。 私もそのように人に言われてから あ~そうか、そういうことを普通は考えるんだなと あまり…
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